思いつき・思いこみ

第9回 「威信財」と「威勢品」
−日・韓考古学用語にまつわる覚書(1)−

 秋は実りの季節、収穫の季節といいますが、このところ、個人的には、「原稿」という名の実りを少しも収穫できずに、にっちもさっちもいかない毎日が続いています。特に、相変わらず頭を悩ましているのが翻訳。8月に発掘現場に通いながら、やや量の多い1本を仕上げたものの、現在、日本語論文の韓国語訳を含めて大小4つの翻訳を抱えてしまっています。韓国考古学の現状を知らせるために、翻訳という作業は非常に重要だと考えて、これまでよほどのことがない限り、受けてきたのですが、こんなに多くなると、さすがにまいってしまいます。しかも、このところ翻訳の難しさを改めて感じさせられることが多く、つくづく自分の語学センスのなさに幻滅している次第。ここらで初心に立ち返り、意識的に翻訳技術の向上に努めなければ、と考えています。その一環として、これからしばらく、韓・日考古学の用語にまつわる諸問題を、覚書として書き残しておきたいと思います。

 今回取り上げるのは、南河内考古学研究所の喫茶室で、徳島大学の北條芳隆さんが提起され、私も私信の形で意見を述べた、「威信財」と「威勢品」の問題です。この問題は、忠南大学校の主催するシンポジウムの席で、北條さんが韓国慶北大学校の李煕濬先生から、「prestige goods」の訳語としては「威信財」より「威勢品」のほうがいいのではないか、と指摘されたことからはじまっています。その経験に対して、北條さんは「喫茶室」の中でご自身の意見を表明されました。そこで提起された問題のうち、語義や語感の違いを問題にされた部分については、私を含めた数人の方が、韓国語と日本語での漢字に対する意味の取り方の違いの問題を考えるべきだと指摘しました。この点については、北條さんも納得されたように思います。私の意見が北條さんを通して公にされてから、韓国の研究者に意見を求めたことがあったのですが、やはり「威信財」という用語は日本での訳語の借用であること、そして「威信」よりは「威勢」のほうが、韓国語の語感としてはわかりやすいとのことでした。そうしたわけで、今回この問題については再論しません(詳しくは南河内考古学研究所喫茶室での一連のやりとりをご覧下さい)。

 そのかわりにここでは、欧米語について日・韓で訳語の違いが問題となる背景の1つとして、韓国考古学の論文において欧米考古学の用語の使用頻度が増えてきた経緯を紹介してみたいと思います。そして、「威信財」と「威勢品」の関係のように、1つの英語の用語なのに、韓国と日本で訳語が異なることは少なくないことを例示し、それにまつわるいくつかの問題点を指摘します。

 もともと解放後の韓国考古学には、日本以上に、欧米の考古学の理論や方法論を取り入れようとする流れがあります。韓国のいくつかの大学で考古学の専攻が「考古人類学科」として設置されているのは、その1つの表れでしょう。また、考古学者全体に占める欧米への留学経験者、博士学位の取得者は、おそらく日本より韓国のほうがずっと上でしょう。私が大学院時代に韓国慶北大学校の考古人類学科に留学した時も、日本(京都大学といった方が適切でしょうか)とは違う雰囲気に少々とまどったおぼえがあります。百済の横穴式石室の型式設定をするときに、『考古学雑誌』で発表したような方法をとった(あの論文は韓国で提出した碩士論文の一部です)のも、そうした韓国考古学の雰囲気にあてられたところがあったのでした。

 ただ、欧米留学経験者の最大の弱点は、欧米の理論はよく知っていても、韓国考古学の現状に対する理解が不足していたり、実際の研究への応用がうまくできなかったことでした。また、そうした人たちの業績は、日本の考古学者にとっては魅力的ではなかったようで、私もその手の論文の翻訳をする機会はほとんどなかったわけです。ところが最近になって、留学経験こそないものの、欧米の理論や方法論について一定程度の理解があり、それを韓国考古学研究にうまく応用することで、新たな研究方向を模索する研究者がでてきました。百済でいえば朴淳發先生、新羅・加耶でいえば李煕濬先生や李盛周先生などが、代表的な研究者といえましょうか。こうした方々はいずれも多作で、成果をなかなか消化しきれないのですが、韓国の若手の研究者に少なからずの影響を与えていますし、私にとっても大きな刺激であり目標となっています。そして研究上はもちろんのこと、翻訳・通訳の際にも、彼らの研究の直接・間接的な影響を気にせざるをえなくなっています。

 そうした結果、最近の韓国研究者による論文を読解・翻訳する際に、彼らが用いる欧米考古学の概念の韓国語訳語に悩まされることが多くなってきました。それを最初に痛感したのは、1996年に大韓民国大邱で行われた第2回嶺南・九州考古学合同学会の際に私が翻訳をした、李煕濬先生の論文でした。その時に最後まで頭を悩まされた訳語の1つが、実は「威勢品」でした。前後の文脈から、この語が日本語でいえば「威信財」に当たることはすぐ推測できましたが、確証がありません。合同学会の発表原稿の翻訳、という性格上、本人に確認する時間もなく、結局、最後に訳者註で用語の対照関係を明示することで、ごまかしてしまいました。

 その後、勉強を進める中で、いくつかの例については、本来の英語とそれに対応させるべき日本語について、自分なりの整理ができてきました。そのいくつかの例を示せば、以下のようになります。

英語日本語韓国語
prestige goods威信財威勢品
patternパターン定型性
approachアプローチ接近
identityアイディンティティ正体性

こうして書き上げてみて気づくのは、日本語ではカタカナによる表現が少なくない(漢字による訳語もありうるでしょうが)のに対して、韓国語では基本的に漢字を用いて訳出されていることです。ハングルは表音文字ですから、英語の音を引き写すことは可能です。実際、会話のレベルでは英語や日本語が混じることは珍しいことではありません。しかし、文章として書き表す際に、音をそのまま移して訳語にするのは、私がみてもどうも不自然です。そして、純粋な(?)韓国語でその意味を言い表すことができないなら、漢字を使って訳語をつくるしかない、ということになります(現在の韓国語における漢字の位置づけからみると、意外に思われるかも知れませんが)。

 ただ、上にあげたような韓国語としての訳語をみて、みなさんはすぐに元の英語や日本語の訳語が思い浮かぶでしょうか?実は、私自身、「定型性」や「正体性」という訳語が本来どのような英語に対応するのか、最近までわからず困っていました。これに比べれば「威勢品」などは何となく想像できるだけまだましです。翻訳をする時に韓国語の論文にでてくる漢字語は、なんとなくそのまま残してしまう場合が少なくないのですが、このような英語の訳語の場合は、本来の英語が何かを知った上で、もう一度日本で用いられる訳語に置き換えるという作業が必要だ、ということを、自戒の念もこめつつ、強調しておきましょう。ただ、こうした訳語と英語・日本語との関係は、辞書にはほとんどでてきません。普段からより多くの韓国語の文献に目を通し、こうした訳語に対する正しい感覚を磨くしか、方法はなさそうです。

 このように、英・日・韓の用語の対応関係が判明し、実際に適切な日本語の訳語にたどりついたとしても、その語が前後の文章としっくりいかないことも、実は少なくありません(「おまえの訳がへただからだ。」といわれればそれまでなのですが)。このような、言葉を置き換えただけで表現しきれない部分こそが、もとの英語に対する理解と応用のあり方における日・韓の「ねじれ」なのであり、問題とされるべきなのだと思います。もっとも、日・韓の考古学者が欧米考古学の理論や方法論を取り入れるために訳出が必要となるキーワードとしての英語自体が、使用者によって概念が少なからずぶれる場合が多いように思います。それを、異なる言語・異なる研究環境にいる日・韓の研究者が訳出し用いるわけですから、訳語のみならず概念上の「ねじれ」が生じるのは、むしろ当然なのかもしれません。公私ともに韓・日の「ねじれ」の中にどっぷりとはまっている私の立場からすれば、こうした「ねじれ」のどちらがいいかというよりは、むしろ「ねじれ」自体を直視し、その中に何らかの意義を見いだしたいのです。つまり、1つの英語に対する訳語やそれが含む意味の「ねじれ」こそが、自分自身の、あるいは日本考古学の長所や短所、あるいは気づかなかった部分をみせてくれる「鏡」となりうると思うのですが、いかがなものでしょうか。

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