とねっこ保育園のこども、1
HK君の事 HK君は小学校3年生、とねっこ保育園の一員です。お母さんが私の敬意する 和田博夫先生の所で事務長の仕事をされていた中田博子さんのお友達との事で 中田さんから私の所を紹介されてきました。また、創風社の千田社長、そしてと ねっこ保育園の一人として私が診察する機会があり、私の園で治療をする事にな りました。脳性麻痺とともに神経鞘腫という神経のかたまりが体に出来る病気に かかり、発達が遅れ、特に最近右側の股関節脱臼が起ってきています。まだ自分 で立とうとする意欲と能力がなく、体が重くなるにつれ、重い体重をお母さんが すべて支えなくではならないという事態がおこってきています。 そこで私に脱臼をなおし、自分で立てるようにしてほしいとたのまれます。 御本人は呼吸機能がわるく、小さい時は気管切開をされていたそうですが、だん だんよくなってきて、気管切開の部分はふさがっています。お母さんがそれは大 事に風邪などいろいろな病気とたたかって来ておられます。また体全体が少しう つ血したような状態もあり、手術すると出血が多そうです。したがいまして、そ のまま股関節脱臼を直す手術をしますと、血がとまらずに、大変なことになりそ うです。関節を開き、骨を切る手術ですから普通でも出血が多いのです。 そこで、脱臼してない方で緊張(痙性)が見られる左側に対して、股関節の痙性 を除き、内反足の変形をなおす手術をおこなう事にしました。でも麻酔がかかっ たあと、麻酔用のチューブを気管から抜く時に気管がけいれんしたり、気管の中 が腫れたりして呼吸が出来なくおそれもあります。このためにはお母さんがHK 君のかかりつけの筑波大学病院の気管支外科の池袋賢一先生にお願いしてきてい ただきました。 そして数カ月後、まだ右側の脱臼はそのままですが、左側の下肢に力がはいるよ うになり、装具をつければそしてほかの人が少し支えれば自分で立てるようにな ったのです。体が少し弱かったお母さんは今まで自分で立とうとしないHK君を 飛行機にのせて2人だけで旅をする事なんか考えることも出来なかったそうなの ですが、手術のあと数カ月後の夏休み、HK君と2人でお父さんの待つ茨城、 取手市へ帰って行かれました。 「お父さん、迎えに来なくていい」私達だけで帰れるといわれて…。 人が足を全く使わずに人に持ち上げてもらうだけの存在と、自分の足で自分を支 える事だけでも出来る状態とはこんなにも違うのか、お母さんはとてもよろこん で帰られたように思います。そして9月になって福岡に訓練に来る時も、「お父 さんはお仕事をしてていい、私達だけで帰れる」と2人で帰って来られたとの事…。 夏休みもおわりかけていました。 その後、何という悲しい事でしょう。お母さんは私の園から借りておられたアパ ートにH君と買い物から帰る途中、心ないドライバーにはねられ、H君を置いて先 立たれるという悲しい事故に会われました。HK君も胸内出血という危険な状態に なりましたが一命はとりとめました。 現在HK君は月に一回ほどお父さんが、そしていつもいつも、とねっこの仲間であ る矢田のお兄さんが訪問され、母を失ったショックからの立ち直りの努力をしてい ます。 私達園のスタッフはこの厳冬の中、HK君に風邪を引かせてはならない。お母さん が出来る充分な保護は出来ないにしても、一命だけは失わないように冬を過させよ うと厳戒体制をひいていますが、昨日の回診では風邪症状は去り、左足に充分な体 重をかけ立ってみせてくれました。そして私と一緒に歩いてくれます。 春になって体調がととのったら、変形が残った左足の治療をし、体が強くなったら、 右側の股関節の脱臼を治療し、出来るだけ自力の力で生きていけるH君をとねっこ 保育園の皆様と力を合せて育てていこうと思っています。ホームページへ