
2006年7月13日(木)
ジダン選手の頭突き事件の内容が、いろいろと話題になっている。真相は当事者し
か知るよしもないが、あの事件が子どもにとって教育的に良くないと批判しているコ
メンテーターがいる。しかし、どうだろう。あれこそ、絶好の生きた教材では、ない
だろうか。
なぜ、人は殴るのか? 挑発した方が悪いのか、それとも手を出した方が悪いのか
? スポーツマンシップってなんだろう? 人間のプライドとは? 家族愛ってなん
だろう?
人生を考える多くの教材を、ジダンは身をもって提供してくれたのだ。それをただ
単に、否定的にとらえてしまうのはどうかと思う。
それにしても、ジダンが話している内容、つまり母と姉が侮辱されたという理由が
本当だとしたら、その家族愛の強さにむしろ驚かされる。日本では、家族のきずなが
薄れつつあり、家族の悪口を言われても、あまりぴんとこないような気がするのだ。
いや、うちの子どもに限っていえば、むしろ敵の選手と意気投合して、親の悪口を言
いそうな気がする。子どもが、サッカー選手でなくて、本当によかったと胸をなでお
ろしているところである。
2006年7月11日(火)
永六輔講演会に行く。開場は5時30分、開演は6時30分というので、6時過ぎ
に入場する。
1000席に近い座席は、すでにほとんど埋まっている。どうにか後方の座席を確
保し一息つくと、何やら中央のステージ下で、だれかがしゃべっている。よく見ると、
なんと永六輔本人ではないか(そっくりさんだったかもしれないが、どう見ても本人
にしか見えなかった)!
開演は、確か6時30分だったはずなのに、なぜ? その証拠に、続々と客が入場
してくる。すると、その男が、「まだ、始まってませんからね。ぼくは、会場整理を
やっているだけですから」と、聞きなれたあの独特の口調で話すのである。
そして、とりとめのない雑談を始めるのだが、これがまた実におもしろい。やはり、
これだけのおもしろいネタを、これだけテンポよく話すのは、そっくりさんでは無理
である。つまり、本人がサービスで前座まで努めているのだ。そのサービス精神に脱
帽(実際には、帽子自体かぶっていなかったので、気持ちだけ)!
人生訓あり、クイズあり、ピアノコンサートあり。さすが、話術の天才。笑いと感動
の2時間をたっぷりと満喫することができた。
2006年7月4日(火)
日本の敗退に続き、優勝候補の筆頭と言われていたブラジルも去り、サッカー熱が
急速に冷めていきそうだった矢先、ビッグニュースが飛び込んできた。
中田英寿、引退!
それにしても驚いた。それも半年ぐらい前に決意していたとのこと。それなら、い
っそのこと、もっと前に表明しておけば、もう少しチームも奮起したのではという気
もするが、それも彼の美学が許さなかったのだろう。
それにしても、歴史に残る名選手だった。心からお疲れさまとねぎらいたい。
中田選手の引退を最も残念がっている人? それは、「オシム(惜しむ)次期監督」
に違いない。
2006年6月23日(金)
サッカーワールドカップで、日本が予選敗退。クロアチア戦を終わった時点で、覚
悟はできていたものの残念である。しかし、ブラジルと比較すると、その圧倒的な力
の差は歴然としている。目の覚めるような先取点をあげ、少しの間、夢を見せてくれ
たのが(目が覚めたのか覚めていないのか、どっちやねん?)、せめてもの救いだろ
う。
ジーコ監督は、敗因に、「プロ意識の欠如」をあげた(「すべて私の責任だ」と言
わないところが、なかなか彼らしいところだ)。その内容にはいろいろなことが含ま
れているが、私はその一つとして、観客を楽しませる視点が欠けていたことをあげた
い。
戦いが厳しかったこともあるが、どの選手も表情が暗いのである。ロナウジーニョ
選手の表情を見てほしい。そのテクニックの華麗さもさることながら、その笑顔がな
んとも魅力的だ。あのゆとりある雰囲気が、プレーをさらに余裕あるものにしている
ような気がする。
実力では、どうせかなわないのだ。先取点を取った時には、みんなで宙返りをする。
失点をした時には、みんなで腹切りの真似をする。などのパフォーマンスをしてほし
かった。そうすれば、相手も少しは動揺し(かえって反発を招いて、結果的に点差が
開くこともあるかもしれないが)、観客も勝敗を超えた選手の姿に満足を覚えたこと
だろう(私だけかも?)。
次期監督には、戦力の立て直しもさることながら、観客を楽しませるエンターテイ
ナーとしての養成もせひ行ってほしいものである。
2006年6月17日(土)
近くに、大規模な結婚式場がオープンし、イベントがあるというので、夕方、妻
と出かけてみる。
それが、なんとイタリアの「サン・マルコ教会」にそっくりなのだ(と言っても、
実物を見たことがないので、絶対とは言えないが)。式場の礼拝堂の立派なこと。
信者でない私でさえも、思わずひざまずいて懺悔してしまいそうなほどの(懺悔し
始めたら、時間がいくらあってもたりないが)荘厳な雰囲気が漂う。
こんな会場で式をあげたら、どんなカップルでも神秘的に見えてしまいそうである。
目の前には、関門海峡が広がり、遠くに関門橋も望むことができる。そこに突如とし
て出現したイタリア建築教会。なんともミスマッチ、いや違和感がぬぐえないのはや
むを得ないが、この風景も年月を経るにつれ、いつの間にか目になじんだものとして、
定着していくのだろう。
イベントのレーザーショーも、まさに圧巻。将来はひょっとして、こんな演出を取
り入れた夜間結婚式も行われるかもしれない。
2006年6月16日(金)
映画「ダ・ヴィンチ・コード」を見に行く。スケールの壮大さやテンポの良さは
魅力だが、キリスト教に疎いせいか、肝心の謎解きのシーンがどうもぴんと来ない。
話題作の割には、館内はがらがら。日本では、案外不評なのかもしれない。
アクションシーンも、緊迫した感じがあまりなく、もうひとつ不満が残る映画だ
った。
2006年6月13日(火)
ああ、なんということだろう! ジーコジャパン、敗れる!
敗因? あえて一つあげるとすれば、選手に笑顔が足りなかったことだろうか。
あと2試合。泣いても笑っても、これ2試合限りだ。それなら、泣くより笑っ
方がいい。笑顔で逆境をはね返してほしい。ピンチの時こそにっこり笑って、落
ち着きを取りもどしてほしい。
相手も、きっと意味不明のスマイルにとまどうことだろう。そして、相手にす
きが生まれる。そこがチャンスだ! 「サムライブルーには、スマイルがよく似
合う(?)」。さあ、笑って再スタートだ!
2006年6月10日(土)
「笑いが健康講座」で、「笑いと人生」というテーマで話をする。約50人の
受講生は、すばらしい笑顔の持ち主ばかり。ある女性からは、「今、寒来(SA
MURAI)さんが、ドイツで有名になっていますよ」とちょっとばかりルンル
ン気分に。結構、楽しく話すことができた。
2006年6月8日(木)
今日から、北部九州は梅雨入り。じめじめとした季節がやってきた。テレビの
ニュースでは、連日、殺人事件や事故の暗いものばかりを延々と流し続けている。
そして、明日からはワールドカップ。もうそれらはすっかり忘れ去られた過去
のものとなり、明日からは「がんばれ、ニッポン!」の大合唱が響き渡る。また、
あの4年前のばかげた狂騒曲が繰り広げられるのだ。サッカーファンでない人間
にとっては、なんともやりきれない1か月間となる。一方の熱狂的なサッカーフ
ァンにとっても、寝不足との闘いを強いられる受難の日々となる。
つくづく中途半端なファンでよかったなと、開幕を前に思うのである。
2006年5月28日(日)
八幡西区の黒川に、ホタルを見に行く。水がよほど甘いのか、市内の7割のホ
タルがここに集まるという。
まさにその通り。300メートルほどの区間に、5000匹のホタルが乱舞し
ていた。光がゆらめくさまは、「有言」不実行じゃなかった、まるで「幽玄」の
世界。しばし、感動に酔いしれた。と言いたいところだが、当日は地域の「ホタ
ル祭り」の真っ最中。多くの人が訪れており(ひしめきあうというほどではない
が)、静寂の中、ホタルの優雅さを味わうという雰囲気とは程遠い。
とは言え、これほどの数のホタルを見たのは、生まれて初めてである。ホタル
の方も、案外人の見物に訪れたのかもしれない。人とホタルがふれあう、光と熱
気に満ちたひとときだった。
2006年5月26日(金)
「SAMURAI BLUE 2006」――こんな文字が並んだステッカー
が、ドイツのボンに現れたそうである。すわ、ドイツにも寒来光一ブームかと思
いきや、合宿で訪れるサッカーのワールドカップ日本代表を歓迎するものだった。
いよいよ本番まで、あと2週間。「SAMURAI」の名を高めるためにも、
大活躍してほしいものである。
2006年5月21日(日)
「黒髪回帰」が、若い女性を中心に進んでいるそうである(毎日新聞)。チェ・
ジウや仲間由紀恵ら女優などの影響や、「正統派」を強調して好印象を与えたい
という心理の表れとの見方があるそうである。一方、白髪を茶髪に染める中年以
上の女性が増え、「老若逆転現象」が起きているらしい。
「茶髪」が出始めたころは、「全く今の若い人は、何を考えてるんだか」とひ
んしゅくを買っていたものである。近い将来は、「全く今の若い人は、黒髪一筋
とか言って、個性も何もありゃしない」と嘆く中年の声が聞こえてくるかもしれ
ない。
2006年5月9日(火)
演劇「赤い月」(文学座)を観る。なかにし礼が、母を主人公のモデルにした
話題作で、すでに映画やテレビでもドラマ化されている。
満州でのすさまじいまでの戦争体験を通じて、国とは何か、命とは何かを問い
かけてくる重厚な芝居である。3時間という長丁場だが、巧みな演出が長さを全
く感じさせない。
「国家に3回見捨てられた」という作者の怨念が、ひしひしと伝わってくる。戦
争を知らない世代が語る国家のイメージは、戦争を体験した世代の抱くそれとは
大いに異なっている。「そんなに純粋に国家を信じていいのか?」「愛国心とは
いったい何なのか」を、もう一度じっくり考えようと思わせる力作だった。
2006年5月7日(日)
星野村へバスツアー。観光施設に就職した知人T氏に会いに行こうというもの
だ。天候は今ひとつだが、玉露茶日本一を誇る村だけあって、棚田は壮観そのも
の。施設は、どれも新しく、温泉も満喫できた。
中でも、茶の文化館で体験した闘茶という催しは、興味深かった。次々に出さ
れるお茶を飲んで、その種類を当てるというもの。玉露、煎茶、白折、番茶、ほ
うじ茶が出されたが、結局1勝4敗と惨憺たる結果に終わる。
そこで一句。「茶の香り色見て味見てまたはずれ」。お粗末!
2006年4月30日(日)
FM北九州の「街の元気」というコーナーに、ゲスト出演する。ラジオ出演は
3回目とあって、割に落ち着いたしゃべりができたようだ(パーソナリティの方
の進行のうまさに助けられたこともあって)。あっという間に、時間が過ぎる。
調子に乗って、口がすべってしまったところもあり、このHPの紹介も忘れて
しまう。しかし、全体としては、まあまあの出来だったように思える(こう書く
と、聴いていない人には、まるで真実かのように思えるだろうから、こう書いて
みる)。
夕方、近所の方の通夜に参列。昨年末、父の葬儀を行った会場だったので、つ
らかった思い出がよみがえる。
2006年4月25日(火)
息子のいるネパールが、昨日まで大混乱していた。息子も退避勧告を受けて、
帰る準備をしていたそうだが、急転直下、政情が一段落。多くの人が喜んでいる
様子がニュース写真で紹介されている。ようやく落ち着きを取り戻しそうで、ま
ずは、本当にめでたしである。遠くの地日本から、ネパールの人々と息子の幸福
を祈りたい。
2006年4月23日(日)
妻に誘われ、バードウォッチングに出かける。三方を海に囲まれた丘に着く。
すると、なんということだろう。何千羽ものヒヨドリの大群が、海の上を北に
向けて飛んでいくではないか!……と、こう書きたかったのだが、現実はそう甘
くはなかった。一羽のヒヨドリも、飛んで来なかったのである。現地に着いたの
が、10過ぎ。やはり、寝坊した報いがやって来たようである。
それでもめげずに、別の場所に移動。さすがに、ヒヨドリを見ることはできな
かったが、アオサギの群れ、チュウシャクシギ、ウミアイサ、コサギ、ヤマガラ、
ホオジロなどを観察することができた。ヒヨドリの渡りは、次の楽しみにとって
おくことにする。
2006年4月18日(火)
「新庄、引退表明!」 ――明日のスポーツ新聞のトップ記事は、これで決ま
りである。それにしても、2本もホームランを打った試合のヒーローインタビュ
ーで発表するとは。なんとも憎い演出である。
今年は、新庄の最後のプレーを見ようと、毎試合多くのファンが詰めかけるこ
とだろう。そして、いよいよ最終戦。その試合でホームランを打ち、お立ち台に
上った彼の口から、こんなセリフを聞きたいものだ。「引退? えっ、そんなこ
と言ったっけ?」
2006年4月14日(金)
学生時代から親しんできた、大手の書店が閉店になっている。品揃えが随分
少なくなってきていたので、いずれこの日が訪れるとは思っていたが、残念で
ある。
就職したばかりの時に、住んだアパートも取り壊しになっている。わずか半
年住んだだけだが、やはり消滅してしまうと寂しいものがある。
2006年4月12日(水)
毎月第二水曜日に行われている、異業種交流会に参加。多くの仲間と出会い、
いつも楽しい交流をしている。今日も、バイタリティあふれる活動をされてい
る小学校の先生と知り合う。
なんと6年生を指導して、クラスぐるみで本を出版したとのこと。タイトル
は、「小学生が作ったコミュニケーション大辞典」。日本初という触れ込みで、
160ページカラー刷りという堂々たる本である。「笑顔力」「傾聴力」「リ
サーチ力」など34の伝え合う力を分析したとのこと。
それにしても、ここまで子どもを指導してきた先生に、まさに脱帽である。
2006年4月10日(月)
激しい風雨で、荒れ模様である。もう桜も、すっかり散ってしまうことだろ
う。息子が住んでいるネパールも、荒れている。反政府を唱えてゼネストが行
われており、外出禁止令も連日発令されているようだ。双方のぶつかり合いで、
死者も出ているとのこと。民主化の遅れなど、いろいろと複雑な問題が絡んで
いるようで、一概にどうこう言えないが、平和的に事態がおさまってほしいも
のである。
2006年4月9日(日)
阪神の金本選手が、全イニング連続試合出場世界新記録を達成! 904試
合という、驚異的な記録である。「自分を丈夫に産んでくれた両親に感謝した
い」と、本当にさわやかなインタビューだった。
それに対して、相変わらずぼやいているのが、楽天の野村監督。「こんなに
弱いチームとは思わなかった」。うーん、ファンからしてみれば、監督が一番
の責任者だと思うのだが。13対0で大勝したときには、「次の日が心配だね」
ときたものである。それにしても、選手はかわいそうだ。こんな指揮官の下で、
プレーしなければならないのだから、最初からハンディを負っているようなも
のだ。今度、大勝したときには、胴上げをしてみてはどうだろうか。落とされる
かもしれないという恐怖感を覚え、コメントもきっと変わってくると思うのだが。
2006年4月8日(土)
久しぶりに、下関に行く。駅に着くと、囲いに覆われた通路になっている。
放火によって駅舎が焼失したことは頭で分かっていても、こうして現実を目の
あたりにすると、結構衝撃が大きい。下関に住む人々にとっても、この光景は
心が痛むことだろう。一日も早く再建されることを祈る。
昨日のテレビでは、昨年の台風で廃線になった高千穂鉄道の駅に、交換日記
が置かれてあり、いまだ訪れる人が記入をして心の交流を続けているという。
こちらも復活の動きがあるそうだ。私のふるさと延岡にも近い。こちらも、頑
張ってよみがえってほしいものである。
2006年4月6日(木)
リンク先の妙慶さんのHPが、2日前に、ヤフーのトピックスに紹介(元ネ
タは、西日本新聞)されたとのこと。その反響が、すさまじいようだ。さっき
のぞいてみると、なんと2時間の間に、300件以上のアクセスというから、
驚きである。
掲示板にも、たくさんの書き込みがされてある。それも、かなり深刻な内容
の相談が多いのだが、それに一つ一つていねいに答えを書き込んでいるようだ。
本当に、頭が下がる思いである。相互リンクをさせていただいている者として、
少しでも何か役に立ちたい思いだ(そんなことをすると、きっと足を引っ張る
ことになると思うが)。
2006年4月3日(月)
今日から、実質的に新年度。何もかもが、新しく見える。テレビの番組も、
かなり模様替えをしたようである。
新しい番組が登場するということは、当然のことながら終わってしまった
番組もあるということだ。残念なことに、昨年11月に夫婦で出演した番組が
終了してしまったのである。ああ、もうしわけないことをしてしまった。私
たちのようなアホな夫婦が出演したばっかりに。と、そんな影響力があるは
ずもないが、客観的にみてもなかなかよくつくりこんでいた番組だけに、残
念である。スタッフの皆さんの労をねぎらいたい。
2006年4月2日(日)
小倉城に夜桜を見に行く。ほぼ満開で、一番見ごろである。桜の季節が巡
ってくるたびに、時の流れの速さを実感する。
20年ほど前に、桜を手前にして城をカメラに写す、最高のスポットがあ
ったが、もう今では桜の木が伸びて、城がほとんど隠れてしまう状態である。
桜の木は、時の流れとともに、着実に成長を遂げているが、人間はどれだけ
成長を遂げているのだろう。美しい花を見ながら、なぜかそんなことを考え
てしまった(その5分後には、「うん、このはしまきは、200円の割に、
量が多くてうまい」と現実に戻っている自分がいたのだが)。
2006年3月29日(水)
デイホームに招かれ、20分ほど「笑いの効用」について話す。みんな、
笑顔がすばらしい。若い方で70代、一番の年長は93歳の男性。実年齢に
比べて、かなり若く見える。「一笑一若」とは、よく言ったものである。
中には、若いころ、懸賞作文に応募して入賞。獲得賞金で、土地と家を買
ったという女性もいる。今も、読書を欠かさないそうだ。拙著「お笑いメル
ヘン同窓会」も、読んでいる最中とのこと。とてもおもしろいと、おほめの
言葉をいただく。
アレンジしていった漫才を、スタッフの方と披露する。かなりすべったと
ころもあったが、熱意が通じたのだろう。結構、笑ってもらった。笑いを届
けに行ったつもりが、多くの元気をいただいた。楽しい2時間半を過ごした。
2006年3月28日(火)
A新聞社の社長の長男が、大麻所持で逮捕されたそうだ。でも、長男とい
っても、もう35歳。いくら何でも、親の責任とは言いがたい。わざわざ○
○氏の長男と書かなければいけないものだろうか。
そんな肩書きをつけるぐらいなら、「寒来光一の読者」である○○容疑者
とかウソでもいいから、書いてほしいものだ。
2006年3月27日(月)
くしゃみが、断続的に出る。だれかが、良からぬウワサをしているらしい
――というわけはなくて、やはり花粉症なのだろう。とは言え、今年の症状
は、それほどひどくはない。量自体が、少ないからだろうか。
スギのヒサン(飛散)はもうスギ去ったようで、あまりヒサン(悲惨)な
状況にはならないで済みそうである。
2006年3月26日(日)
またまたサボりぐせが顔をのぞかせ、2か月ぶりの最下位、じゃなかった
再開となってしまった。心を入れ替えて、こまめに更新していきたい(と、
何度この言葉を書いてきたことか)。
隣の大邸宅の庭に、ウグイスがやってきた。「ホーケキョケキョケキョ」
と鳴いている。まだ、少し音程がはずれているが、もうすぐ完璧の声になる
だろう。桜のつぼみもふくらみ始めた。春が、ようやくやって来た。寒いギ
ャグに接しても、もうあまり身にこたえないはずである。これからは、遠慮
なく寒いギャグを飛ばしていきたい。
2006年1月27日(土)
三谷幸喜監督の映画「THE有頂天ホテル」を観た。さすがに話題の映
画だけあって、土曜日のレイトショーは、ほぼ満員状態である。
2005年9月25日(日)
マラソンを見るのが好きである。レースの流れが、人生模様を感じさせ
るからである。というわけで、今夜は野口みずき選手が日本記録に挑戦す
るという、ベルリンマラソンを見た。
ところが、スタート直後から、野口選手の独走である(予想されたこと
だが)。それにしても、なんとも興ざめなのはペースメーカーの存在だ。
4人の男子ランナーが、ストーカーもどきでつきまとう。小さな野口選手
が、それを必死に引き離そうとしているような構図にも見える。
このペースメーカーの制度。記録を出すためとは言え、どう考えてもお
かしい。選手全員につけられるならまだしも、ごく一部の有力選手にだけ
つけられるのは、あまりにも不公平というものだ(遅い選手につける方が、
ハンディをなくすという意味では公平である)。
それでもどうしても必要というのなら、全員野口選手のマスクをかぶっ
て走るなどのパフォーマンスを取り入れてほしい。テレビ局がペースメー
カーにモザイクをかけるという手法も考えられるではないか(黒い影がち
らちらして、かえってうっとうしいかもしれないが)。
しばらく我慢しながら見ていたが、どう見てもおもしろくない。とうと
うチャンネルを変えたところ、ちょうどスポーツニュースで、「野口、日
本記録で優勝」を伝えていた。「せめて生放送でやれよ!」と、一人毒づ
くのであった(野口選手は、個人的には好きな選手である。心から祝福し
たい)。
2005年9月16日(金)
居住区の市民センターで、「笑いと人生」というテーマで講演を行う。
「寒来光一」の名前が売れているのか、それともまだ私の悪評が知れ渡
っていないのか。とにかく会場は、70〜80人の受講者で超満員(会場
外にも、入りきれない6000人ほどが詰めかけ、「入れろ、入れない」
という押し問答をしていたいという話は、幸い耳にしていない)。
冒頭の「笑う練習」が効いたのか、作り笑いも大切だという話が効いた
のか、寒いギャグにもいい反応がかえってきて、2時間の話を無事終える
ことができた。受講者のアンケートも、概ね好評だったようだ。
これでなんとか、近所に外出する時も、変装しないですみそうである。
2005年8月28日(日)
スラックスを買いに行く。試着室に入り身につけてみると、こ、腰回
りがきつい。なんということだろう。
サイズが間違っているのではないかと、何度も確かめたが、どうもそ
うではないらしい。となると、考えられる残りの要因は、ただ一つ。お
腹の肉が成長を遂げたことである。
このスラックスに合わせて肉体改造を図るべきか、それとも現実を素
直に見つめてもう一つ上のサイズのものにするべきか? 試着室の中で
考えること18秒(にくじゅうはち?)。
結局、後者の誘惑に勝てず、安易な方法を選んでしまったのである。
皆さん、くれぐれも間食にはご注意ください。
2005年8月25日(木)
映画「ヒトラー〜最期の12日間〜」を観る。独裁者の末路を描いた
壮絶な戦争映画である。
一人の人間が絶大なる権力を握る体制が、どれだけの悲劇を生み出す
ものなのか。恐怖支配のすさまじさ、国家の非情さ、独裁者の孤独など
が見事に浮き彫りにされている。
「国民の自滅は自業自得だ」「国民なんか、どうだっていい」。そうう
そぶくヒトラー。彼を選び、彼にそこまでの権力を委ねたのは、そのド
イツ国民そのものだった。
過去の過ちを正面から見据えた、力作である。私たち日本人にも、歴
史への反省を問いかける必見の作品だった(ドイツ映画だからだろうか。
ユダヤ人大虐殺を当然の前提としているので、完全に省略されている。
世界中で上映されることを見据えて、その部分も入れておけば、もっと
奥深いものになったと思う)。
2005年8月21日(日)
マスメディアに、物騒な言葉がとびかっている。「刺客」。今年の流
行語大賞当確の勢いである。
「刺客」。辞書を引くと、「暗殺する人」となる。今から殺人を犯そ
うとしている人を、立候補させていいのだろうか。警察はいったい何を
しているのだ……などと、ツッコむのはやめておくが、それにしてもほ
かに適当な言葉がなかったのだろうか。確かに、「対立候補」や「対抗
馬(馬やないっちゅうねん!)に比べて、インパクトは強い。それに、
実際には、1対1の勝負をするわけではなく、実態とはほど遠いネーミ
ングとなっている。
中には、勝算はほとんどなく、「足引っ張り候補」とか「嫌がらせ候
補」とした方が的確な場合もあるような気がする。
この言葉が定着すれば、次からはますますエスカレートして、もっと
過激な「撃客」(私の造語)という言葉も登場してくる懸念がある。一
考をお願いしたいものだ。
2005年8月20日(土)
随分、日記の更新をサボってしまった。これからは、心を入れ替えて
なるべく更新していくつもりだ(何回、この言葉を書いたことか)。
演劇「サンシャイン・ボーイズ」(テアトル・エコー)を観る。熊倉一
雄78歳、納谷悟朗75歳の声優で鳴らしたコンビの喜劇である。ひょ
っこりひょうたん島のトラヒゲ時代から慣れ親しんできたあの声は、今
ももちろん健在。ルパン三世の銭形警部の声との掛け合いは、まさに円
熟の味である。
とは言え、芝居がおもしろいかどうかは別物。アメリカの現代劇の翻
訳とあって、文化的な背景に根ざしたセリフが多く、なかなかそのおも
しろさが伝わってこないのがもどかしい。
2005年6月18日(土)
ふるさと延岡で、「お笑いメルヘン同窓会」の出版記念祝賀会を開い
ていただいた。
2か月ほど前に、高校時代の軟式テニス部の先輩から、1本の電話が
あった。「あんたとこん夫婦をさかなに、みんなで集まってかい、ちょ
びっと飲もかち言いよるっちゃが」。
てっきり10数人のこじんまりとした会になるかと思っていたのだが、
32人の方が出席されるという、なんとも盛大な宴となった(それも3分
の1は、初めてお会いする方である)。
会では、さまざまなアトラクションも、用意されており、随分盛り上
がった。私をネタにしたテニスのたらい回し(10数年ぶりにラケットを
握り、興奮してしまった)、女性トリオによる「お笑いメルヘン同窓会」
の実演(どんなにネタが良くても(?)、演者によって沈黙を生み出す
ということが実証された)などなど。中でも、酸欠状態になりながらも、
手作りのぬいぐるみによる一人相撲を熱演した大先輩が、大爆笑を誘って
いた。
それにしても、ふるさとは本当にありがたいものである。
小中学校の同窓生、高校テニス部の仲間、高校時代の同窓生、大衆食
堂のおばちゃん、新聞記者の方、叔父叔母夫婦など、多くの皆さんから、
「ちょっとささやか」どころか大きな大きな励ましをいただいた。
「一笑一会」(一つひとつの出会いを、一番の笑顔で輝かせたい。私が、
いつもサインしている言葉)。まさにそんな言葉がぴったりの、私にとっ
て一生の宝物となる祝賀会となった。
2005年6月4日(土)
知人から券(それもA席)をいただき、初めて博多座へ行く。ちょうど
11代目市川海老蔵襲名披露公演ということで、歌舞伎を観る機会を得た。
海老蔵と言えば、大河ドラマ「MUSASI」で宮本武蔵を演じた人気
俳優、というよりも「おーいお茶」のCMに出てくる坊主頭のお兄さんと
言った方がとおりがいいかもしれない。他の出演者も、尾上菊五郎(藤純
子の夫、昔の大河ドラマで「義経」を好演)、市川團十郎(海老蔵の父)、
市川左團次、尾上松緑など豪華メンバーがずらり。
ただ4時間を超す長丁場というので、眠気に襲われないかと不安だった
が、それは全くの杞憂に終わった。豪華絢爛の衣装に身を包み、美男美女
(もちろん男性が演じているのだが)が様式美を競う、幽玄の世界。襲名
の口上も聞くことができ、歌舞伎の魅力に酔いしれた一日だった(海老蔵
は、確かに華がある。テレビドラマの時よりも数段輝いて見えた)。
2005年6月1日(水)
散歩中のことである。マンション建設予定地の前にある、大きな看板
の文字が目に飛び込んできた。
「映画館付きマンション」。カラオケルームやパーティールームもあっ
て、入居者みんなで楽しめるというのが謳い文句になっている。隣り近
所の付き合いが希薄になっている中で、このアイデアはなかなか画期的
なことかもしれない。
共同の場を設けることで、隣り近所との付き合いが増え、多くの出会
いが生まれ、お互いが支えあう関係が生まれる可能性がある(カラオケ
好きの人ばかりが入居し、マイクの取り合いでいさかいが生まれるとい
う可能性も否定できないが)。
将来は、もっともっとユニークなマンションが生まれてきそうな気が
する。濃密な人間関係を築くためには「大浴場付きマンション」、子育
ての苦労や喜びを分かち合うためには「乳幼児遊戯ルーム付きマンショ
ン」、哀れなホタル族のためには「喫煙ルーム付きマンション」、そし
て主婦のストレス解消のためには「井戸端付きマンション」、読書家の
たまり場のためには「図書室付きマンション」などなど(こんなものが
できると、本の売れ行きに影響しそうなので、個人的には反対だが)。
ただ、これらは考えてみれば、昔あったものばかりである。銭湯があ
り、地域で子どもを育て、いつもわいわいがやがや集まって、物を借り
たり貸したり。そんな温かい関係があったものだ(もっとも、自分が子
どもだったから、心地よく感じたのかもしれないが)。
ちょっとだけ昔の感覚を取り入れる。そうすることによって、地域に
ぬくもりが生まれ、住みやすさが向上していくのでは。そんなことを考
えてしまった。
2005年5月24日(火)
カウンターの数が、今日で4万件を突破。約5年かけての到達である。
このペースが速いか遅いかは評価の分かれるところだが(「遅い」と
いう声が一斉に聞こえそうだが)、これも一つの節目である。
最近は、滞りがちなこの「寒来日記」を中心に、更新していきたいと
思っているので、応援よろしく。
2005年5月13日(金)
先日、ピカソの版画展に行ってきた。
いやあ、ピカソって、本当におもしろい。まさに、変幻自在。どの
作品にも遊び心がほとばしっており、知らず知らずのうちに、笑いの
世界に ひきこまれていく。「どや! おもろいやろ」と得意げに天国
から眺めているピカソの顔が目に浮かぶようだ(と言っても、ピカソ
の顔を知らないので、実際には浮かんでこなかったが)。
でも、ピカソだから許されるのだろう。もし、自分の子どもがあん
な絵を描いたら、ほとんどの親はこう言うはずである。「もっと、ま
じめに描きなさい!」(「彫刻家の休息」というシリーズ物もあった
が、これなんか、休んでるところではなくて、仕事をしているところ
を描いたらどうなんやとツッコミたくなった)。
2005年4月24日(日)
島田洋七と言えば、B&B(ボケ担当。すさまじい早口で、切れ味
のいいギャグを連発する)。あの80年代に、やすしきよしやツービ
ート、ザ・ぼんちらと漫才ブームを巻き起こした人気漫才師の一人で
ある。
その島田洋七さんの講演会に、行ってきた。話の内容は、ほとんど
が祖母の話。8歳の時に、家庭の事情で佐賀のおばあちゃんに預けら
れ、その後の7年間の思い出を、あのマシンガントークで(漫才の時
よりは、かなりゆっくりだったが)、しゃべりまくっていた。
貧困のどん底にあえいだ生活の中で、貧しさそのものさえも明るさ
に変えていたという、魅力あふれる一人の女性の話である。
★「おばあちゃん、腹減った」「それは、気のせいや」
★「通知表は、0じゃなければええ。1と2を足していけば5にな
る」
★「ばあちゃん、英語なんかわからん」「じゃあ、答案用紙に『わ
たしは日本人です』って書いとけ」「歴史もわからん」「『過去
にはこだわりません』と書いとけ」
とにかく、すべてにおいてこんな調子で、底抜けに明るく、びっく
りするようなたくましさを備え、限りないやさしさを持っていたとい
うおばあちゃんだったようである。
このおばあちゃんのエネルギーが、漫才師・洋七のDNAに組み込
まれているのは間違いない。
一番印象に残ったのは、洋七少年が中学校の野球部に入り、スパイ
クを買ってもらうことになった時の話である。とにかく節約節約と厳
しく言われていたので、買ってもらえるかどうか心配していたのだが、
おばあちゃんはなぜかにっこり。どこからか1万円を取り出してきて、
すぐさまスポーツ店へ直行する。
「一番高いスパイクをくれんね」と言うと、その店に置いてある最
高のスパイクが2500円とのこと。そこで、おばあちゃんの一言に
ぶったまげた。
「そこをなんとか1万円で売ってくれんね」
とにかく爆笑につぐ爆笑の講演会だった。
2005年4月17日(日)
ある週刊誌が企画した「嫌いな男」アンケートで、「ホリエモン」
ことライブドアの堀江貴文社長が、見事1位に輝いたそうである。い
や、見事というのもなんだが、案外本人は喜んでいるのではないだろ
うか。
それもそのはず。1位に選ばれるというのは、なんにせよそれだけ
話題を集めているということである(それが証拠に、寒来光一の名は
1票も入っていないはずである。私が嫌われていないという証拠とも
言えるが)。今度の買収劇が必ずしも成功を収めたとは言えないにせ
よ、ライブドアの名前は知らない人はいないというほど、知名度の浸
透には貢献したのは間違いない。
それにしても、これだけみんなから嫌われるというのは、彼の言動
だけではなく、あの顔にその答えが隠されているような気がする。い
つも見せるあの中途半端な笑顔、「へらへら顔」というのだろうか。
どう見ても、心から笑っているようには思えない(心から笑えるよう
な状況でないのは確かだが)。何を考えてるのか、どうも本心が見え
ない不気味な感じがするのだ。
もし、彼が純朴な笑顔の持ち主だったとしたら、歴史は変わってい
たかもしれないというのは、言いすぎだろうか(いや、たぶん言いす
ぎだろう)。しかし、世間の受ける印象は、随分変わっていたような
気がする(ひょっとすると、「好きな男」第1位に選ばれていたかも
しれない)。
2005年3月27日(日)
ジャズ歌手、NAOMIさんの後援会発足パーティーに出席する。
NAOMIさんは、九州を中心として活躍中だが、最近知り合ったば
かりで実は、歌を聞くのはこれが初めてである。
人の心を包み込むような、やわらかい声。温かいほほえみかけるよ
うな表情。最初の曲を聴いただけで、多くの人がファンになるのがす
ぐに理解できる。
バラエティーに富んだ3部構成のプログラムで、4時間。たっぷり
とNAOMIさんの魅力を堪能することができた。
NAOMIさんのHP
http://members2.jcom.home.ne.jp/excel-naomi/
2005年3月15日(火)
テレビ番組に出演。それもリポーターが、我が家を訪れ、生中継と
いう信じられないような体験をすることができた。
「今日感テレビ」(RKB毎日放送)の「向こう三軒両隣」という
コーナーで、人気タレントの高田課長さん(福岡吉本)が、町内三軒
の家庭を紹介するというものである。
この日は、朝からソワソワドキドキ。自分で勝手に考えたストーリ
ーを、何度も復唱する。ところが、いざ本番となると、さすが生放送。
そんなシナリオは、どこかに吹っ飛び、まさに怒とうの10分間が、
あっという間に過ぎ去っていった。
あの喧騒がウソのように静まり、こわごわビデオを再生する。やは
り、夢ではなかった。そこには、顔をひきつらせながら、「お笑いメ
ルヘン同窓会」の一節を漫才として演じる、私のアホ面がアップで映
し出されているではないか。
高田課長さんの巧みなリードもあって、どうにか最後は爆笑をとる
ことができたが(もっとも観客は妻一人。視聴者の茶の間ではすべっ
ていたかもしれない)、まさにひやひやものだった。その後のインタ
ビューも、もうちょっとちゃんとしゃべれよと、自分でなかったら座
布団を投げつけたいほどのもたつきぶりだ。これまでの私の(知的な)
イメージが、これではだいなしである(やはり、テレビの前では、人
間の本質が表れるものなのだろうか)。
見終わった後、「こんな恥ずかしい姿をさらしたら、近所を歩けな
いなあ」とこぼし合い、近所の店に外食に出かけた。夜、そして翌日
と、何本かの電話があった。口をそろえたように、「なかなか良かっ
た」というものだった(中には、「実物よりもよく映っている」とい
う、ほめているのかけなしているのか分からないものもあった)。本
の問い合わせも、出版社にいくつか入ったようである。
やはりマスコミの効果は、すごいものがある。「寒来光一」の知名
度アップと、本のPRの面では、それなりに効果があったようだ。そ
れに、考えてみれば、こんな形でテレビに出られる機会というのは、
1千万円の宝くじが当たる確率ほど少ないことなのだろう(同じ確率
なら、そっちの方がいいという気もするが)。将来ゆっくりと振り返
ってみれば、きっとすばらしい記念の品となるはずだ(ひょっとして、
お宝映像となっているかもしれない)。
一生忘れられない、思い出に残る一日となった。
2005年3月2日(水)
FMKITAQの「元気シニア玉手箱」に出演。初のラジオ出演、
さらに1時間の生放送とあって、かなりの大仕事となった。
コーディネーターは、知人のIさん。アナウンサーもやさしくフォ
ローしてくれるので、最初こそやや緊張気味だったが、思ったよりも
リラックスしてしゃべれたような気がする。
新刊の宣伝もばっちり。故郷・延岡の思い出から「笑いの効用」ま
で、シナリオを作っていたせいもあってか、どうにか無難に終えるこ
とができた(とは言っても、後でテープを聞き返してみると、結構ボ
ロボロだったが)。友人からは、「顔が見えなかったのが何よりもよ
かった」「実物よりも、随分ましに感じられた」と言われた。なかな
か好評だったようである。
2005年2月27日(日)
先週の風邪は、インフルエンザB型と判明。道理で、だるかったは
ずである。昨日から、ようやく体調を取り戻す。市内の書店をいくつ
か回り、「お笑いメルヘン同窓会」を並べてもらうよう、依頼する。
反応は、おおむね好意的。ある店などは、40冊も取り寄せてくれる
という。
以前お願いに行った時、露骨に嫌そうな顔をする店もあったので、
少しためらったが、やはりダメモトでお願いするのが必要なようであ
る。
2005年2月21日(月)
パソコンがようやく復活したと思った矢先、今度は体の方が故障し
てしまった。体全体が熱っぽく、だるいのだ。
7度前後の熱が続き、さっき計ったら8度6分もあった。これで、
頭痛がほとんどないのが不思議なくらいである。「たかが8度を超え
たぐらいで」と、笑うなかれ。平熱が5度5分の身にとっては、これ
が結構こたえるのだ。
というわけで、「寒来日記」を頻繁に更新していこうという試みも、
あえなく挫折。新しい本(「お笑いメルヘン同窓会」。トップページ
に紹介)が発刊直前というのに、情けない限りである。自著の「寒い
ギャグ」を読んで風邪をひいたわけではないことだけは、断言してお
きたい。
2005年1月3日(月)
朝日新聞に、「日本人と笑い」の世論調査の結果が全2面にわたっ
て掲載されている。
「最近よく笑う」は62%と意外に多く、若い世代ほどそして女性
ほどよく笑うという傾向が見られている。しかし、日本にはまだまだ
「笑い」が少ないと考えている人も7割いるらしい。また、「おやじ
ギャグ」に対して、76%もの人が「別に構わない」と寛容な姿勢を
示している(私の周りには、それ以外の24%の人がどうも多くいる
ようである)。そのほかにも、いろいろな項目にわたって調査が行わ
れており、非常に参考になる資料となりそうである。
それにしても、これだけ大きな紙面を使って「笑い」が大々的に取
り上げられたのは、実に画期的なことだと言えよう。「笑い」の重要
性を意識する人が増えれば増えるほど、住みやすい世の中になるのは
間違いない。これからも、どんどんこんな特集を組んでほしいもので
ある。
2005年1月1日(土)
玄関を開けると、除夜の鐘が聞こえてくる。その荘重な響きをつん
ざくように、海の方から、高らかな汽笛の音が鳴りわたる。
新年の始まりである。昨年は、まさに「災」の年だった。今年こそ、
「笑い」の多い年であってほしいものだ。
それにしても、暖冬というのに、正月に大雪とはなんとまあ変な巡
り合わせだろう。朝起きてみると、数センチ積もっている。だが、雪
のない南国・宮崎で育ったせいか、雪を見ると今でもわくわく興奮し
てしまうのである。
2004年12月19日(日)
松本清張の95周年生誕祭に出る。
清張作品は、実のところあまり読んでいないが、清張氏はある意味
で、自分の人生にとって最も大きな影響を与えた作家の一人である。
実は、脱サラしようかどうか迷っていたころ、清張記念館をたまた
ま訪れたことがある。詳細な年表を眺めていると、47歳の時に、朝
日新聞社を退社し、作家活動に専念したとある。あの偉大な清張氏で
さえ、二足のわらじを履くことは困難だったのだろう。と言うよりも、
作家として歩み始めたからこそ、あの文学史に燦然と輝くような業績
を残せたのだと思う。
そのことが妙に心に残り、その後の自分の決断にかなりの影響を及
ぼしたことは間違いない。将来、自分の人生を振り返る時、「よくぞ」
背中を押してくれたと清張氏に感謝することになるのか、それとも「よ
くも」背中を押しやがったなと怨むことになるのかは、神のみぞ知る
ところである(清張氏もいい迷惑だろうが)。
2004年12月14日(火)
「よしもとお笑いEXPOイン北九州」に行く。
「ふたご座流星群」を見る。11時過ぎから、時々ベランダに出てオ
リオン座の方を見上げていると、通算30分ほどの観測で、5個の流星
を確認。
しかし、願い事を伝える暇もなく、あっという間に(というか、「あ」
も言えないうちに)消え去ってしまった(きっと、星の方も、みんな
からの願い事が多すぎるので、敬遠しているのだろう)。
2004年12月5日(日)
「よしもとお笑いEXPOイン北九州」に行く。
西川きよし・太平サブロー、宮川大助・花子、B&B、ザ・ぼんち、
ガレッジセールなど、そうそうたるメンバーが出演。漫才10組、
吉本新喜劇、マジック1組、歌3組という豪華な内容である。
2年前までは別府でこの手の催しが行われていたが、今回は地元北
九州。時間も費用も節約できて、非常にありがたい(とは言え、休
憩も入れて約5時間半の長丁場だったが)。
席も結構前の方だったので、たっぷりと生のお笑いを堪能できたが、
中でも大助・花子、B&Bの漫才は絶品。間がいいのだろう。メリ
ハリがきいた内容ですばらしく、会場も爆笑の渦だった。ベテラン
勢の健闘に比べ、若手コンビはかなりの時間を前ふりに費やし、肝
心のネタの披露が少ない。芸に対する真摯な態度が、やや欠けてい
るようで、その点ちょっと「残念!」。
きよし・サブローのアドリブ合戦はみごたえがあったが、ちょっと
乗りすぎて40分もやったのはさすがに長すぎる気がした。
2004年11月27日(土)
ある小学校の教頭先生から電話がある。2年前の公民館での家庭教
育学級の講演にひかれ、連絡してきたとのこと。夕方会い、2時間
ほど談笑。ギターやマジックを披露する中で、笑いの必要性を痛感
したという。同年代のせいか、初対面とは思えないほど打ち解けて
話す。再会を約す。
2004年11月24日(水)
新刊の初校終了。完成に向けて、だんだんと形が見えてきた。何回
やっても、わくわくしてくる。発行は2月下旬の予定。産声を聞く
のが楽しみである。
2004年11月23日(祝)
演劇「花よりタンゴ」(こまつ座)を観る。昼間、会報の校正を手
伝って目が疲れているせいか、睡魔が襲ってくる。辛うじて目は開
けているのだが、第1幕はストーリーが全く頭に入ってこない。幕
間の休憩で、高見盛のように気合を入れ直し、第2幕にのぞむ。後
半はテンポも速くなったせいか、すっきりと楽しむことができた。
とは言え、井上ひさし作品にしては、何か一つ物足りない気がする。
やはりひねりが少し弱いのだろうか。来年は、あの時代劇の名作
「薮原検校」がまたやって来る。やはりこちらの方が、井上作品の
真骨頂のような気がする。
2004年11月14日(日)
連日、ファルージャ攻撃のニュースが流れている。ファルージャの
人口は、約30万人だそうである。30万都市と言えば、日本でも
やや大きい中都市となる。そんなところに、総攻撃を仕掛けている
のである。民間人と武装勢力との区別などつきようもないだろうし、
多くの民間人が巻き添えをくっていることが予想される。
他都市に避難した人々も、そこでの暮らしは深刻なことが予想され
るし、今回の攻撃で帰る家を失う人も数多く出るだろう。そして、
それは同時に新たな憎しみを生み出すはずである。
こんなことはだれでも予想できるはずなのに、どうしてアメリカは
また過ちを繰り返そうとするのだろうか。どうして日本は、それを
簡単に支持しようとするのだろうか。
何とも言えない腹立たしい気持ちでいっぱいである。
2004年11月13日(土)
風邪、すっかり良くなる。やはり、すぐに病院に行ったのが正
解だったようである。
「芸能人たちの絵画展」を見にる。どれもなかなかの出来栄え
だったが、中でも八代亜紀の作品は秀逸。数々のコンクールに
入選しただけのことはある。小林幸子と美川憲一の作品が、日
ごろのド派手な衣装とは裏腹に、とても地味なものだったのが
結構笑えた。
2004年11月12日(金)
風邪、どうにか回復に向かう。大学時代の恩師と同期生で会食。大
いに語り合う。すばらしい仲間たちである。風邪も完全に良くなっ
たようである。
2004年11月11日(木)
風邪がひどい。一日中、だらだらと過ごす。どうにも調子が悪いの
で、病院に行き、注射を打ってもらう。夜、ようやく楽になってき
たようだ。
2004年11月10日(水)
毎月定例の異業種交流会に参加。「人生は、出会いの連鎖である」
(「さとうきび畑」の作詞・作曲者寺島尚彦氏)とはよく言ったも
ので、半年前から参加しているが、多くの人と出会うことができた。
今年一番の収穫と言っていいだろう。
風邪が治らない。自分の寒いギャグを読みすぎたためだろうか?
2004年11月9日(火)
風邪をひきかけているのか、昨日からのどが痛い。
休館中の図書館から本を大量に借りているが、まだ半分も読んでい
ないので、精力的に目を通す。「さとうきび畑」の歌が作られるま
での背景を述べた本は、薄くてすぐ読めるが、作者や歌い手それぞ
れの深い思いがたくさん詰まっていて、中身が濃い。
動物行動学者の竹内久美子氏の本、初めて読んだが、奇想天外でお
もしろい。ただ、学術的な本であるはずなのに、あまりにも極論の
ように思えて、「ホンマかいな?」とツッコミたくなるような箇所
満載である。
2004年11月8日(月)
今日、○十○回目の誕生日を迎える。日付からして、どうでも「い
いや」と言われれば、それまでの話だが。大台(?)に乗った昨年
に比べ、特別の感慨はなし。遠方にいる子どもたちから、肩こりに
効果があるという小さな浮き袋のような健康器具が送られてくる。
うれしいような、胸がしめつけられるような、いや胸ではなく、首
がしめつけられるような気持ちである。それもそのはず、首をしめ
つけて伸ばし、肩こりをほぐそうとする仕組みなのだ。何やら、人
気の商品らしい。効果は定かではないが、しばらく使ってみること
にする。
2004年11月7日(日)
市民検診を受ける。体重がベスト時より2キロほどオーバー。間
食と運動不足が原因か?
映画「笑の大学」を見る。役所広司の演技が秀逸。三谷幸喜作品
だが、「ラヂオの時間」ほどの爆笑物ではなく(もちろん随所に
笑いがちりばめられてはいるが)、「戦争と笑い」というシリア
スなテーマに、真正面から取り組んでいる。
三谷氏が戦時中に生まれていたら、果たして喜劇作家として頭角
を現していたかどうか。今が平和な世の中だからこそ、三谷作品
を味わう恩恵に浴することができるのである。
「どんなに強い権力でも、人間から笑いを奪うことはできない」。
そんなことを深く考えさせられた、感動と笑いの傑作だった。
2004年11月6日(土)
地域団体の文化祭で、「笑いと人生」というテーマで講演。例に
よって、冒頭で「笑い箸」で笑いをとるという作戦をとる。さら
に追い討ちをかけて、全員で「大笑い」合笑。これが成功し、最
初の方は大いに盛り上がる。
「笑いの効用」のところは、ちょっと中だるみしたような感じだ
が、「笑い度チェックリスト」で挽回し、最後は「インチキマジ
ック」で締めくくる。笑いもそこそことれ、まあまあの出来だっ
たような気がする(ギャグを飛ばしても、寒さでくしゃみをする
人もいなかったようだ)。
2004年11月5日(金)
NHKテレビの朝の連続ドラマ「わかば」を見ているが、なかな
か含蓄のある言葉がちりばめられている。南田洋子演じるおばあ
ちゃん(宮崎県在住)が、阪神淡路大震災にあった主人公に、い
つもこう言うのだ。「人生、生きちょるだけで丸もうけ」。人生
をもうけ話にたとえるのは、どちらかというと関西的な発想では
ないかと思うのだが、それにしてもこの言葉の持つ意味は深い。
いみじくも、先日の新潟県中越地震の被災者、兵庫県の台風被災
者の口から、同じ意味の言葉が発せられた。究極のプラス発想を
意味する言葉である。人間の強さをにじませた素晴らしい言葉に
感銘を受けた。
2004年11月4日(木)
アメリカ大統領選。結局、けり(ケリー)がつかず、真相は
藪(ブッシュ)の中?
アメリカ大統領選挙、決着を見たようだ。ほんのわずかの差で、
ケリー陣営は涙をのんだ。歴史にもしもは禁物だが、ケリーの笑
顔がもう少し魅力的で輝いて見えたら、勝敗は覆っていたような
気がするのだけれど……。
2004年11月3日(祝)
アメリカ大統領選。結局、けり(ケリー)がつかず、真相は
藪(ブッシュ)の中?
しかし、投票への関心の高さには、驚かされた。そして、投
票所で1時間以上待たされても、ちゃんと投票を済ませている
のだ。どこかの国の政治的無関心とは、雲泥の差である(まあ、
それだけ平和なのかもしれないが)。ただし、システムの欠陥
には、目を覆いたくなるものがある。まだ、投票が終了しても
いないのに、どんどん開票を始めるのだから、いったいどうな
っているのだろう?
「?」マークのつくことばかりだ。でも、最大の「?」は、
どうやら選挙結果そのものになりそうである。
2004年11月2日(火)
やっぱり「楽天」だった。
名前は文句なしに「楽天」の方がいいなとは思っていたが、
個人的には、先に手をあげた「ライブドア」の勇気を評価して
いた。
新球団名は、「楽天イーグルス」に決まったそうだ(「楽天
スマイルズ」でも良かったかなとも思うが、あんまり強そうな
イメージがないのが玉にきず?)。
決まったからには、名前のように、楽しい魅力ある球団にし
てほしい。
2004年11月1日(月)
4か月ぶりに、日記再開。これからは、短く頻繁に書くこと
にする(予定?)。
今日から、新札が発行される。新顔としては、樋口一葉、野
口英世。別に悪くはないが、経済効果の面からはやや弱い。む
しろ人気のない(評判の悪い)有名人を掲載した方が、良かっ
たのではないだろうか。あまり持っていたくないので早く使っ
てしまおうということで、貨幣の循環が活発になり、景気底上
げに貢献するかもしれない。その有名人って、たとえばどんな
人かって? それは、えーと、やっぱりここに書くのはひかえ
ておこう。
2004年7月5日(月)
参議院選挙が目前である。目前ということで、目の前にある
選挙区のポスターを、もう一度よく眺めてみる。男性の6人の
顔がずらり。ここに女性が一人でもいると、随分華やいだ雰囲
気になるのだが……って、グループ活動をやるわけではないの
だから、そんなことはどうでもいい。いや、どうでもいいこと
はない。女性がもっと政治の分野に進出することは、非常に重
要な課題である。だが、それを論ずるのは、また別の機会にし
よう。
とまあ、随分前置きが長くなってしまったが、要は顔の話で
ある。6人のうち4人がにっこりした笑顔、あとの2人は口を
真一文字に結んだ、よく引き締まった表情をしている。笑顔の
4人が党推薦、そうでない2人は無所属。うがった見方をすれ
ば、やはりコーディネートする場合も、笑顔を強調する傾向に
あるのだろう。
これが、ひと昔前だったら、話は違っていたはずだ。「笑顔
→だらしがない(男らしくない)→頼りない」という図式で、
あまり好印象を与えなかったのではないだろうか。それがすっ
かり、様変わりである。やはり笑顔の方が生き生きとして、親
近感も強い。笑顔の持つ力は、なかなか侮ることはできない。
きっとこの4人のうちから、2人の当選者が生まれるだろう。
まさに、「笑えよ、さらば救われん」である。いや、新聞の予
想を見て、書いているわけではない。断じて……。
2004年6月18日(金)
映画「トロイ」を観る。
最新のCG技術を駆使した超巨編と銘打つだけあって、圧倒
的な迫力のある戦いのシーンが繰り広げられた。が、いかんせ
ん、10年間も続いた戦争を、たった3時間でまとめ上げるとい
うのが土台無理な話。心情の掘り下げもやや浅く、感動という
までには至らなかった。
「トロイ戦争」を、「世界大百科事典」で調べてみると、そ
もそもの始まりは、人口が増えすぎたので、ゼウスが人口減少
を図ろうとして戦争を企んだとのこと。「ホンマかいな!」と
突っ込みを入れたくなるような解説である。
それにしても、昔の戦争は、ある意味で人間的だったのかも
しれない。戦う相手の顔が見えており、勝っても負けても、心
の痛みをしっかりと感じ取ることができたのである。「マイク
もないのに、あんな大軍をどんなふうに率いたのだろうか?」
「食料はいったいどのようにして調達したのだろうか?」「あ
んな立派な鎧兜や盾が、3000年前にあったのだろうか?」
いろんな夢や疑問がふくらむ意味では、なかなか見ごたえのあ
る作品だと言えよう。
| 2004年6月6日(日) 家に、「国民百科事典」(平凡社、8巻)という百科事典が 今では、押し入れの奥にしまっており、めったに引くことな こう書くと、まるでだれかが、それを処分しようとしている 本の事典であれば、重さを手に感じながら、いちいちページ しかし、この事典には、確かな手ごたえがある。その本の幅 こう考えると、やはり、捨てるのは、もうちょっと後にして |
| 2004年5月22日(土) 拉致被害者の家族との再会が実現した。曽我さんには残念な 「家族が帰国」と一斉に報道されている。ところで、「帰国」 子どもたちが日本の地を踏むのは、もちろん今回が初めてで 本人たちの日本定住の意思確認さえ行われていない段階で、 「帰国」という言葉は、それらのことをすべて棚上げし、 5人の子どもたちにとって、今日が良き記念の日になること |
| 2004年5月10日(月) 今、全国で、ツッコミの嵐が巻き起こっていることだろう。 最初のころは怒りに震えていた人も、次から次へととめども とは言っても、ものは考えようかもしれない。年金問題への そこでいっそのこと、こんなやり方で、ケジメをとってもら これで、ますます国民の関心が高まると思うのだが、いかが |
| 2004年4月29日(祝) 博多で開かれている「大英博物館の至宝展」に行く。展示 悠久の歴史を語る品々に目を奪われ、立ち尽くすばかり。 会場のある大濠公園を散策する。ここには、学生時代の思 |
| 2004年4月28日(水) ある縁があって、高齢者の方との飲み会に参加する。高齢 酒を毎日欠かしたことがない、ゴルフで27ホールぐらい |
| 2004年4月25日(日) 雲ひとつない快晴。気温・湿度も申し分なし。中津干潟で 5時間ほどのウォッチングで、シギやカモメ、サギなどを まだ4回目の探鳥会だが、なぜか私が参加した時には、必 |
| 2004年4月18日(日) ある国際交流団体で、30分ほど講演。「笑い」の効用ら |
| 2004年4月16日(金) イラクの人質3人が、ようやく解放された。本当に良かっ た。それにしても、長い8日間だった。家族の心労は、想像 するに余りある。 命の重さを考えさせられる8日間だった。その間、家族の 直接的に3人を救出したのは、イラクの宗教指導者だった。 1日経過して、やや冷静になってくると、急速に「自己責 今度の事件を、「自己責任論」で片付けるには、あまりに |
| 2004年4月5日(月) 今年もタイガースが強い。あのジャイアンツに、怒涛の3 連勝である。これなら、今年もいけそうだ。と、こう書くと 私がまるでタイガースファンのように思われるかもしれない が、実はそうなのである。もっと詳しく言えば、昨年から熱 烈なファンになったという、ホンマにええかげんなファンな のだ。とは言っても、ファンの一人であることに変わりはな い。今年も、優勝を心から願っている。 それにしても、最大のライバルであるジャイアンツは、い そのためには、打線を大幅に組み替えるのも一案である。 「ええかげんにせェ!」と言われそうな打順だが、案外い それにしても、1番が清原とはいくらなんでも? こんな しかし、この作戦が成功すると、わがタイガースもうかう |
| 2004年4月1日(木) サラリーマンをやめたのが、ちょうど2年前。作家活動を 開始して、3年目に突入することになる。 心を新たにして頑張らなければと、気合いを入れなおす 日記もとどこおりがちなので、これからはなるべくこまめ |
| 2004年3月29日(月) 遠方に住む娘が帰省しているので、妻と3人で住吉浜まで 小旅行。残念ながら天候に恵まれなかったが(日ごろの行い が悪いせい?)、久しぶりに家族団らんの時を過ごした。 |
| 2004年3月25日(木) ある地域の勉強会から依頼を受け、「お笑いで生きる、私 出席者は約20人で、ほとんどが50代から60代。勉強 前回のテーマはイラク問題だったそうで、それなら私も 寒来光一として、「笑い」について話すのは、これが2回 「薬には副作用あり、クスリには副作用なし」とダジャレ 出来としてはまあまあというところだろうか。ただ、(話 |
| 2004年3月20日(祝) 野鳥観察会に出かける。行く先は藍島。この島へ行くのは その中でも圧巻だったのは、カラスバト。国の天然記念物 真っ黒な姿はまさにカラスそっくりだが、飛ぶ姿はどう見 こんな珍鳥を見ることができるとは。やはり、日ごろの行 |
| 2004年3月13日(土) デパート内に開店した、大型書店を訪れる。もちろん、 なんとそこは、時代劇物フェアの棚。今、大河ドラマで人 もう恐縮ばかりで、心なしか表紙の「むさし・コジロー」 |
| 2004年3月11日(木) 数年ぶりに、歌舞伎を見る。題目は、「三番叟」と「鳴 |
| 2004年3月7日(日) NHK「ラジオ文芸館」の公開録音で、トークショーに作 今回のトークのテーマは、「清張とわたし」。松本清張作 社会派本格推理小説の第一人者である森村氏。その作品に |
| 2004年3月5日(金) 小倉で行われた「国際ロボット見本市」に行ってきた。最 104社の企業が出展しており、産業用ロボットから、介 中でも、目玉は、二足歩行型ロボットASIMO(アシモ)。 どんなに優秀でも、所詮機械は機械でしかなく、いくら言 それにしても、技術の進歩はすごいものだ。このペースで なんて、柄にもなく暗い未来を考えてしまった。いや、も 漫才ロボットというのは、どうだろう? ロボットがボケ、 人間「なんぞ、うまいもん、食べたいなあ」 ロボット「ほな、今度いっしょに行こか。ええバッテ 人間「そら、ええなあ……って、電気なんか食べられ ロボット「すまんけど、笑てみてくれへんか」 人間「ワッハッハ!」 ロボット「ほな、次、怒ってみてくれへんか」 人間「このアホンダラ! ええかげんにせェ!」 ロボット「ほな、次、泣いてみてくれへんか」 人間「エーンエーン!」 ロボット「この人間、ようできてるなあ。いったいど 人間「きみに言われとうないわ!」 |
| 2004年2月22日(日) 先日、院展(日本美術院展)を見に行った。 例年のごとく、いずれも力作ぞろいだが、中でも総理大臣 水の躍動を、静の平面に描き出す技術は、まさに芸術であ 幼い頃にどこかで見た記憶のある原風景が、なんとも言え |
| 2004年2月7日(土) 「笑いを作るのは、あなたたちです!」。NHK爆笑オン エアバトルの収録が、小倉で行われると聞き、応募したとこ ろ、なんと審査員(200人のうちの一人)に選ばれた。 今日は、その当日。幸いなことに、今回はチャンピオン大 1300人収容の会場は、超満員。審査員席は、その一番 審査員は、10代、20代が圧倒的に多いが、私と同年代 3月5日深夜放映なので、ぜひ見てほしい。私の勇姿も見 ともあれ、お笑い好きの人が、北九州にこんなにいること |
| 2004年1月20日〜2月1日 ずっと日記更新をサボっていたので、石が痛んでそれどこ ろではなかったのでは?と思っている読者もいるかもしれな い。いや、ご心配をかけて、申し訳なかった(その割には、 見舞いのメールがあまりなかったが)。ただ単に、サボって いただけの話だ。 その後、石からは全く音信不通である。「便りのないのは 1月29日(木)読売新聞朝刊(北九州版)に、カラー写 先日知人から、「寒来光一」で年賀状を出したら、返送さ |
| 2004年1月19日(月) 朝、あの懐かしい痛さが、腹部を襲ってきた。石である。 石と言っても、宝石のようなありがたいものではない。 尿管結石。石の病気としては、口にするだけで笑われるほ 激痛がやって来る前にと、意を決して(実は、それぐらい よほど引き返そうかとも考えたが、もう一度意を決して、 つまり、石との長い付き合いを強いられることになったの 「犬は飼い主に似る」とも言う。石の場合も、持ち主に似 |
| 2004年1月11日(日) 日記更新を、随分サボっていた。これが、今年最初の日記 となる。 とにかく、あわただしい年末年始だった。あの「サップ・ もう10日以上もたって、今さら新年の抱負を記すのも、 昨年の12月に、むさし・コジロー爆笑漫才集の第3作と また、「万物ぼやき節」(動物や物体が、人間社会に異議 昨年が実質的に、デビューの年。今年は、地道に力をつけ |
| 2003年12月21日(日) 5日の西日本新聞(北九州版)、16日の西日本新聞(経 済面コラム欄「気流」)、16日の夕刊デイリー(宮崎県 北部のローカル紙)、20日の夕刊デイリー(コラム欄) に、私の人物像や新刊の内容が紹介された。 本と顔写真入りで紹介されたこともあってか、結構反響 本の評価も、今のところ上々で、「腹をかかえて笑った」 漫才と漫才の間に、「笑いのことわざ」というコーナー また、解説文が本の信用度を高め、大きく貢献している まずは、順調なスタートといったところだが、後は買っ |
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2003年12月12日(金) 手にとって、中身が「ハリー・ポッター」になっていない つい、そのままレジに持っていきたくなるような衝動に 明日はまだあるだろうか、あさっては、そしてその次の |
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2003年11月28日(金) 新刊「巌流島十八本笑負」が、ついに完成した。今回が
3冊目となるが、初めて本を手にする時の気持ちはなんと も言えない。 今回は、脱サラして初めて出版する本だ。感慨もひとし この本の特徴は、三つある。 一つ目は、タイトルに「巌流島」の文字を入れたこと。 二つ目は、漫才と漫才の間に「笑いのことわざ」という 三つ目は、新聞記者の方に、解説を書いていただいたこ それに加えて、「あとがき」に「正しい漫才の読み方」 肝心の作品自体も、1作目・2作目に比べ、ギャグのレ などと、自己満足する一方で、私をモデルにしたのでは |
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2003年11月23日(日) 長井秀和。爆笑オンエアバトルで常連の、若手お笑い芸
人である。毒舌でならしているが、かなりきわどいネタも 多く、それほど好感が持てるタイプではなかった。 しかし、昨日放映の「エンタの神様」で見せたネタは、 文字で書くと今ひとつ雰囲気が伝わらないが、あの憎憎 そこで、彼にならって、一つ作ってみた。「世襲議員は |