吉井秀夫の自己紹介


1.履歴
1964年4月22日 兵庫県神戸市に生まれ、3才から加古川市で育つ。

小学4年頃から郷土史に興味をもち、次第に関心の中心が考古学に。兵庫県立加古川東高等学校在学中に、龍野市タイ山古墳群の発掘と遺物整理に参加したことが、その後の人生の方向を決めたような気がします。

一浪して1984年に京都大学文学部へ。2回生の秋に初めて訪問した韓国の遺跡に魅せられ、また、周囲の人々のおだて(?)にのせられるまま、韓国(朝鮮)考古学を専攻することに。

1990年3月に京都大学大学院文学研究科修士課程(考古学専攻)終了後、運良く文部省の奨学金をもらえることになり、大韓民国慶北大学校大学院考古人類学科碩士課程に留学。ここでの2年半が、公私共に大きな財産となりました。

帰国後は、京都大学文学部助手(埋蔵文化財センター所属)、立命館大学文学部を経て、2000年4月から京都大学大学院文学研究科で勤務しています。


2.研究してきたこと・研究したいこと

 墓制の分析を通して、三国時代における古代国家形成過程をあとづけたい、というのが大きな目標です。具体的な研究としては、これまでは百済地域における墓制の地域性の変化に注目して、そこから百済中央勢力と在地勢力との関係の変化を推定することを試みてきました。また、横穴式石室とそれにまつわる墓制が、朝鮮半島や日本列島の各地域でどのように受容されてきたのかについても関心があります。

一方、日本人がなぜ朝鮮考古学を研究するのかという自分自身への問いかけや、さまざまな研究者との出会いを通して、植民地朝鮮における日本人の考古学的調査の歴史についても勉強を続けています。ただし、こちらの方は、研究を進めていくほどに、近代史に対する知識や方法論が不足していることに気づいて、頭を抱えています。


3.今年の仕事(担当する講義題目)
朝鮮・韓国学入門(リレー講義)、考古学講義、特殊講義(前期・後期)、特殊講義(後期・リレー講義)、演習1、演習3、演習4、考古学実習、立命館大学特殊問題(大学院)


4.プライベート

妻・娘・息子の4人家族。家の中では韓国語が標準語ですが、いつも「発音が悪い」・「文法が間違っている」とおこられてばかりです。

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